科学技術外交からみた科学技術イノベーション政策の新潮流(2025年)
エグゼクティブサマリー
本報告書の主題は、世界情勢の変化を背景に急速に重要度を増すと共に関心を集めている「科学技術外交」について、科学技術イノベーション(STI)政策の観点からその概観を捉え、また、科学技術外交の観点から、STI政策の国際的な潮流や共通課題、国家間の相互作用、国際枠組みの動向、国家の枠を超えて活動している国際機関やフォーラムの動向について述べることである。
2010年1月、英国王立協会(Royal Society)と米国科学振興協会(AAAS)が発表した“New frontiers in science diplomacy”と題する報告書により科学技術外交が概念化された。同レポートでは、科学技術外交の3要素として、science in diplomacy、diplomacy for science、science for diplomacyを提唱し、それ以降、科学技術イノベーション政策や外交政策の下、科学技術外交として様々な取組が推進されてきた。昨今の科学技術外交をとりまく状況に目を向けると、地政学的状況の変化や科学技術の急速な進展が社会や政治に与える影響とスピードが格段に大きくなっている。AI、量子技術、半導体、バイオなど新興技術は、基礎研究の成果が非常に短い時間で社会に実装され大きなインパクトを与える。科学技術は社会課題や経済の解決手段にとどまらず、政治や国力にも深く関わる時代が到来した。科学技術が経済的競争力だけでなく、持続可能性、レジリエンス、生活の質、安全保障などの世界的な課題に対処する必要性から、STI政策は産業政策、安全保障政策、外交政策と重畳しながら変化を続けており、世界のSTI関連組織は、様々な取組や連携を通じて、科学、技術、イノベーションエコシステムの確立を試みている。
こうして世界情勢が急激に変化していることに鑑み、科学技術外交の重要度が高まるとともに、変化に適応した新たな科学技術外交の概念や役割、取組を模索する動きが活性化している。例えば、欧州委員会はEUとしての科学外交枠組みの策定を推進している。英国王立協会とAAASは2024年1月に“Science Diplomacy 15 years on”と題して、2010年に提唱した科学技術外交の3要素を1年間かけて様々な場で再検討することを発表し、2025年2月に新たな報告書“Science diplomacy in an era of disruption”を発行した。同報告書では、枠組みをより単純化し、Science impacting diplomacy:科学が外交上の目的とどのように関わるか、Diplomacy impacting science:外交が科学活動にどのように関与し、影響を及ぼすかの2次元の枠組みを提唱した。また、科学外交の実践には重要な3つのポイントとして、①科学外交は国際関係を推進する重要なツールである、②科学外交は民間企業など非国家主体によってますます活用されている、③混乱の時代には科学外交が求められる、という点を指摘した。さらに、インドやASEAN諸国をはじめとしたグローバルサウスでも科学技術外交への関心が高まっている。
本報告書は「科学技術・イノベーション政策に関する世界の潮流(2024年)」の一部を更新・拡充するとともに、新たな動向を追加したものである。科学技術外交の観点から、国家戦略や政策における科学技術の世界的な重要性の高まりを認識するとともに、我が国が採るべき方策を検討する一助になれば幸いである。なお、欧米ではScience Diplomacyとされるが、日本では「科学技術外交」という用語が一般的であることから、本報告書では、欧米でいうScience Diplomacyと科学技術外交を同一に取り扱うこととする。
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